私は海外で生まれたのだが、言葉を覚えたころには帰国してしまったため、ちょっと地元とは言い難い。日本に移ってからは埼玉に住んでいたが、小学校から大学まですべて東京だったため友人も馴染みの店もなく、帰るだけの場所という感じ。ここも地元と言うには思い入れがなさすぎる。成人してからはそもそも安定した居場所がなく、知り合いの家を転々と渡り歩いていた。
だから「地元」を自慢できる友人たちが羨ましかった。帰るのが楽しみで、名産品が話題になれば喜び、出身の芸能人がいたらちょっと贔屓してしまう、そんな場所が欲しい。
そして最近、私はようやく自分なりの「地元」に落ち着くことができたのである。
7年住んだ賃貸アパートを引き払い、安住の地を探すべく東京の西から東まで家を見に行った。コンパクトで、閑静で、ある程度自然があり、できれば川の近く……。そこで見つけたのが狛江だった。駅北口を出て30秒の立派な森を見て、ここだ!とピンときた。
この森は狛江弁財天池特別緑地保全地区といって、月1回の開放日以外は中に入ることはできないが、側道はいつでも通れるようになっている。道はこれまた緑豊かなお寺に向かって延びており、狭い範囲ながらも心が洗われるような景色なのだ。他にも条件はあったが、特にここがポイントになって狛江を次の住処に決めた。

実際一年を通してみると、夏は木陰が涼しく、多少の雨からも守ってくれるし、秋は落葉樹が色づき目を楽しませてくれる。スダジイなんかの食べられるどんぐりも落ちていて、いざとなれば緊急食になるな、などと子どもみたいなことを考えたり。春になればニホントカゲやアズマヒキガエルが顔を出す。植林だし雄大な自然とは言い難いが、新宿から20分の距離でこれだけの環境が守られているのはうれしい。
プチ情報だが、狛江は古墳が大変多い地域で、それも自然が残っているひとつの理由だと思われる。日本で2番目に小さい市でありながら(自転車で1時間で一周できる!)、現存するだけでも13基の古墳があるらしい。町中に突然現れる小さな森は、だいたい古墳だったりする。これは私の勝手な推測だが、古墳が多い、つまり豪族が多かった、ということは昔からそれだけ住みやすい場所だったに違いない、となぜか誇らしくなっている自分がいる。

狛江で自然といえば多摩川も外せない。川はだいたい好きなのだが、多摩川はなぜか陽気な感じのする川で、特に元気が出る。水辺に座ってのんびりしてもいいし、少しでも植物や虫の名前を覚えてから多摩川沿いを歩くと、知っているものを見つける度に仲間に出会ったようなうれしさがある。

多摩川で行われるイベントも私の「地元欲しい心」をくすぐった。正月のどんど焼きと出初式は狛江中の人が集まっているのではないかというほどの賑わいだ。勢いよく燃える炎に近所の神社で授かったお札をくべると、なんだか自分が狛江に馴染んできたような気がするのだった。

狛江の魅力は自然環境だけにあらず。私が更に狛江を愛するようになった理由は、地域に根差した魅力的な店と人にある。
狛江駅南口にある「ミートステーション」は創業50年近くになる酒場。もつ焼きの香ばしい匂いに誘われて、ついつい寄ってしまう。串焼き屋と思いきや、元寿司職人のマスターが造る刺身も美味しい。店名は人との出会いの「meet」と肉の「meat」をかけていると聞いた。誰かと話したいならミートにくれば良い。
私は人見知りでなかなか自分からは話しかけられないのだが、ミートでは寂しそうにしていると、笑顔が素敵なマスターや常連が話しかけてくれることが多い。逆に一人でサクッと飲みたいときは放っておいてくれる。この辺の距離感がちょうどいいのだ。

私の最近のお気に入りは、ホルモン三点盛りに季節の柑橘を使ったサワーを合わせること。そのあと必ず鮮魚の刺身。網レバ串も外せないし、カレーもおいしいし、日本酒も銘酒を揃えているし、毎回頼みすぎてしまう。いい塩梅に酔っぱらって隣の人と盛り上がり、釣りに誘ってもらったり、生粋の狛江っ子と狛江のいいところを語り合ったり。店名の通り人と人とを出会わせてくれるお店だ。ミートで顔を覚えてもらったときは、狛江という町の一員として認めてもらえた気がして、背筋が伸びた。

美味しいもの繋がりで欠かせないのは、三代続く焼肉屋「食道園」。焼肉は好きなので場所問わずどこでも行っていたのだが、食道園を知ってからは他所の焼肉屋には行けなくなってしまった。なんとここでは、「A5ランクの牝牛」しか出さないのである。オタクっぽくなってしまうので多くは語らないことにするが、一般に出回る去勢牛と比べ、牝牛は肉質がきめ細やかで脂がスッと溶けて甘い。そして流通量が少ないため当然高価となる。それをお手頃な価格で食べさせてくれる食道園は、存在自体が奇跡といってよい。更にそれが狛江にあるというのは私にとっては二重の奇跡である。

ちょっと良いことがあったとき、辛いことがあって元気を出したいとき、食道園へ行く。そしてルビーのように輝く肉を見ては、オーナーの肉へのただならぬ愛情に思いを馳せるのだ。カルビ、ロースを一人前ずつ頼んで、最初はビール、続いてつやつやのライスを合わせると天にも昇る気持ち。幸せは増幅され、辛い気持ちは霧のように消え去る。お腹に余裕があるときは石焼レバニラも食べちゃう。私の心と共にある焼肉屋だ。

家で飲む酒を仕入れるなら明治創業の籠屋秋元商店だ。狛江に住んでいてここを知らないのはモグリと言われるだろう。全国の酒蔵を実際に見て回り、これぞというお酒を仕入れているという。駅から少し外れたところにあるのだが、籠屋へ行くためにわざわざ車を借りることもあるほどだ。正月用の酒や友人を招くときのとっておきの一本を選ぶワクワク感たるや。数年前から隣でビールの醸造も始めて、更には駅前に支店も出すなど、これからの展開も楽しみなお店だ。

駅前の支店では籠屋のビールがその場で飲めるので、ここで味見をしてそのまま買って帰ったりしている。好みの味を伝えるとお酒を選ぶお手伝いをしてくれるのも助かる。多摩川でたまにイベントもしていて、豊富な水を湛える多摩川と広い空を眺めながら飲むビールは最高!

驚くべきことに、狛江には他にもビールの醸造を行っているところがある。「和泉ブルワリー」だ。併設されたタップルーム「Beer Cellar Tokyo」では、もちろん和泉ブルワリーで醸造したビールが飲める。醸造所のピカピカのタンクを眺めながらビールを味わっていると、日々の緊張がゆったりとほぐれていく。常に10種類以上の銘柄を飲めるのもすごい。あれもこれもと試しているうちに飲みすぎてしまうのはこちらの問題。私はやはり和泉ブルワリーの基本である「 3A Farmhouse Ale」が好きだ。

大きなガラス窓から外を見渡せるのも開放感があって素敵だ。そして軽いフードは持ち込みOKという懐の広さ。最近はお店でもおつまみを出せるようになったとのことで、先日早速ソーセージを食べてみたら、さすがビールと相性抜群。常連客も気さくな方が多く、その場で話が弾んだり。以前可愛がっていた実家の猫が死んでしまって、やり場のない思いを抱えたままこちらを訪れたら、みんなで献杯してくれた。ビールが美味しいだけでなく、狛江の人々の優しさを感じられるお店でもある。

最後に、私の心の拠り所となっている「中華そば しば田」を紹介したい。ここは私が勝手にこの世で一番おいしいラーメン屋だと思っているところ。元々仙川に店を構えていたが、最近狛江に越してきてくれたのだ。私よりも狛江歴は浅いお店なのだが、店主はなんと狛江生まれ。この記事にしば田を登場させたいと店主に相談に行った際に教えてもらって驚いた。

私が一番好きなのは基本の中華そば。うっとりするような鶏と醤油の香りのスープに、なめらかな麺。トッピングも手抜かりなしで、普段ラーメンのスープを飲みきれない私でも最後の一滴まで楽しめる。あまりに美味しくて毎日行ってしまいそうになるが、財布の事情により仕事を特別頑張った日のご褒美に限定している。家族連れに優しいところも好きだ。お子様ラーメンもあるし、敢えてタイミングをずらしたラーメンの提供をしている様子も見かけた。ここのラーメンを食べて育った狛江っ子がこれから増えていくのだと思うと、自分のことのようにうれしい。
なんだかお店の紹介ばかりになってしまったが、どれも狛江という街を語るうえで欠かせない、大切なピースだと思っている。お店の人たちの温かなまなざしや街を思う気持ちに触れるたび、私もこの場所がどんどん好きになっていった。そして気がつけば暮らしのすべてが狛江の空気に溶け込み、自然と居場所ができていた。
「地元」という言葉に、私はずっと憧れてきた。けれどそれは、必ずしも生まれた場所や長く住んだ土地を指すとは限らない。日々の営みのなかで少しずつ育っていくものなのだと、狛江が教えてくれた。多摩川を眺め、駅前の森の脇を通り抜け、あのお店の暖簾をくぐる。そんな日常のかけら一つひとつ、私にとっての「帰る場所」を形づくってくれる。
これから先、季節がいくつ巡っても、私はきっと狛江にいるだろう。ここで暮らし、ここで笑い、そしてまた、この街に新しい思い出を重ねていきたい。
著者:佐野まいける

イカ愛好家。
イカの多角的な魅力を発信する「日本いか連合」のメンバー。
イカを愛する人々が作る同人誌『いか生活』を発刊したり、イカの体のつくりの面白さを伝えるイカ解剖イベントなどを開催している。本業は会社員。
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編集:ツドイ
