ザクロが心に転がり込んだ。歴史が眠る街「川越」を歩く|文・きくち

書いた人:きくち(ブロガー)

週末になるとどこかに出かけ、見たこと、聞いたこと、食べたものについて、ブログを書いている
今夜はいやほい

夜、19時過ぎだろうか。近所に住んでいるという人が「はい、どうぞ」と鍋を持って現れた。

醤油系のよい匂いが立ち込めた。受け取った店主は「あ~、どうも、ありがとうございます!」と言って、慣れた様子である。いわゆる「作りすぎちゃったので、よかったら」コミュニケーションを僕はフィクションの中でしか見たことがなかったのだけど、どうやら、ここではそんなに珍しい出来事ではないらしい。

僕は、「鍋が来た!」という驚きの目で配偶者を見た。 配偶者も「え?鍋?」という表情をしていた。ちなみに、ここは、どこかというと本屋である。

「つまずく本屋 ホォル」


上記の本屋は川越の西のほうに位置する角栄商店街の一角にある。川越というと、何はともあれ、蔵造りの街並みが有名なのだと思うけれど、実際に住んでみると、人混みもすごいし、観光エリアというのはわざわざ行ったりしないものだ。

埼玉なのに、どこにいるかわからなくなる霞ヶ関エリア

川越は埼玉の市町村でも比較的面積が大きいほうの市で、住んでみると、蔵以外にもいろいろなものがあることが分かってくる。僕が気に入っているのはこの角栄商店街だ。

角栄商店街は東武東上線沿いの霞ヶ関という駅が最寄りである。ややこしいが、日本の官僚制の中心地、東京・霞ヶ関ではない、埼玉県は川越の霞ヶ関である。東京国際大学を知っているだろうか。そう、あの、正月の駅伝で見かけることで有名な大学である。名を東京国際大学と言うが、キャンパスの半分くらいは埼玉にある。霞ヶ関で、東京国際大学があるにもかかわらず、ここは東京ではないのだ。

この東京国際大学はその名の通り留学生が多い大学らしい。それが実体としてどれほど影響しているのかは不明なのだけど、この霞ヶ関エリア一帯は、インターナショナルな感じの店が多い。少し歩くとベトナム料理屋や、インド・ネパール系の店がたくさん目に入ってくる。

僕は角栄商店街を歩いた帰り道、「アハール バングラデシュレストラン&ケバブ」という店で、よくケバブを食べる。


国際色ある店が増えてきている一方で、古くから営業しているお店も多くある。日本津々浦々の商店街がそうであるように、営業しなくなり、シャッターが下りている店も少なくないのだけど、和菓子屋や、寿司屋、八百屋などなど、商店街っぽいなという店は一通りある。上述の本屋、ホォルさんは、角栄商店街のはじのほうで営業をしている。

鍋よかったらどうぞ事件とは別の日、角栄商店街を歩いていた。「伊勢屋和菓子店」でだんごを買った。川越から所沢のあたりのエリアは、武蔵野台地の水気が少ない台地特有の地質により、稲作があまり行われておらず、代わりにだんごがよく食べられていたらしい。そんな事情で、だんごを売っている店が多いようだ。


いつ行っても棚が変わっている不思議な書店「つまずく本屋 ホォル」

ホォルさんについた。本をいくつか手に取ってぱらぱらと読む。ホォルさんの不思議なところは、いつ行っても必ず棚のレイアウトが変更されているということである。これは、棚の中の本の位置が変わっているということではない。棚自体の位置が変わっているということである。不思議なことであるなあと思うのだけど、毎回、新鮮な気持ちになるので面白い。

2冊ほど本を買うことにして、会計をしていた。さすがに今日は鍋が来ることはないかとバッグの中の財布を探していたら、自動ドアがウィーンと開いて、なんと今度は、「どう、肉いる?」と言い放つおっちゃんが現れたのだ。

僕が驚いていると、肉はやや予想外の出来事だったのか、店主も驚いているようだった。今度は、フィクションでも見たことがない展開である。どこかで買ったのだろうか、もしくは、猟師でもやっているのだろうか。改めて言おう、ここは本屋である。

何かがどこからかもたらされる本屋ホォルさんは、”みぶんか”という施設の一部となっており、ひとつの建物の中に、本屋、カフェ、コワーキングスペース、地域の生活応援団(有償のボランティア団体)の事務所が入っており、内部は特に仕切りがあるわけではないので、本屋であり、カフェであり、コワーキングスペースであり、地域の団体の事務所でもあるという混沌・不思議空間となっている。

本を選んでいる人の横で、コーヒーを飲んでいる人がいて、そのまた横で、地元の団体の人が、草刈りの話をしていたりする。こんな事情で、高齢者の方がふらっと何かを渡しに現れるということが起きているということのようだ。ひとつの建物の中でこんなに年齢層がバラバラな人が集まっているというのもなかなか珍しいなと思う。

僕は、東京に7年ほど住んで、埼玉に引越してきたのだけど、東京で、おすそ分けの発生に出くわすことは一度もなかった。僕は、おすそ分け発生地帯に住み始めたらしい。

埼玉には海はないが、ゆったりできる川がある

店を出た。商店街を抜けてさらに5分ほど歩いていくと、小畔川に出る。流れのゆっくりとした小さな川だ。なにか特筆することがあるわけでもないので、地元の人以外は来ることがないようなところなのだけど、大きな建物が周りにないので景色が開放的で心地よい。

埼玉の川というと利根川や荒川だと思うのだけど、実は埼玉には小さな川がいろいろあって、これがなかなか情緒がある。そもそも川越自体が、新河岸川という川の舟運で栄えた街だ。埼玉と川は切り離せない関係にあるのである。

埼玉には基本的に海もなければ高い山も少ないので、なにか何ものでもなく自由な空間というのは川辺にあるのではないかと思う。暑すぎず寒すぎない季節であれば、こんなところで本を読むのもいい時間の使い方だなあと思う。

ちらほら、散歩をしている人がいる。ただそれくらいのひと気なので、辺りはめっぽう静かである。風が吹いて、水面がちろりと揺れて、太陽は堂々と平野の裏のほうへ落ちていく。


少し戻って、商店街を歩く。夜になると、飲食店と塾以外は店じまいのようでとても静かだ。


昔ながらの丸い街灯がかわいい。小さな月が浮いているようである。


よい街の条件は、よい定食屋があること「かすみ食堂」で夕飯を

夕飯を食べに、商店街から少しはずれたところにある「かすみ食堂」という定食屋に入る。家族経営の昔ながらの食堂だ。


まず、レモンサワーを注文する。


いろいろなメニューがあるのだけど、僕は、ここの海老と卵のふわふわ炒めなる料理がお気に入りである。


ふわふわという名前を付けているだけある。たまごがめちゃくちゃふわふわで美味しいのだ。スプーンでくずすと、中から海老が現れる。シンプルだけど、なんとなく技を感じさせる料理である。

隣のテーブルではおっちゃんたちが大谷翔平について語り、ワイワイと酒を飲んでいる。レモンサワーをくくっと飲む。店を出た。住宅街なのであたりは静かである。店の窓からこぼれる明かりに別れを告げて家に帰る。よい街の条件は、よい定食屋があることである。

東京近郊のあちこちにあるであろう、‟新しかった街”で

角栄商店街があるこの地域一帯を角栄団地と呼ぶらしい。みぶんかのオーナーさんに聞いたところによると、なんでも、この角栄団地は昭和39年に造営されたらしく、日本の民間企業が開発したニュータウンと呼ばれるものの中ではおおよそ十一番目くらいに古いらしい。

みぶんかのオーナーさんはこの街を‟新しかった街”と呼んでいた。ニューと歴史が混じると語義矛盾のようだけど、歴史的ニュータウンなのである。蔵造りの街並みのように分かりやすく歴史的でなくても、歴史はいろいろなところに、いろいろな形で刻まれている。


自分自身も埼玉の別の地域のニュータウンで育った。ただ、僕の育ったニュータウンは、ニュータウンの中でもかなり純度の高いニュータウンで、田んぼの中に家だけがぼこぼこと大量に建っていて、家と公園以外ほとんど何もないところだった。そんな僕からすると、商店街を核に持つニュータウンのほうが面白げがあるなあと思う。はたから見ると似たり寄ったりの埼玉ニュータウンでもいろいろ違いがあるものだ。

また別の日、角栄商店街を歩いていた。どこからか、フォーのにおいがした。またひとつ、新しいベトナム料理屋ができるようだ。よくも悪くも、街の景色はどんどんと変わっていく。歴史的ニュータウンは、これからの未来、どのような歴史を刻んでいくのだろう。ホォル、あるいは、みぶんかに着く。アイスコーヒーを注文する。椅子に座って、小一時間くらい本を読んだ。さすがにおすそ分けの3回目の遭遇は無いようだった。

いくつか本を買った。帰りがけ、店主が「あ、そうだ、よかったらこれどうぞ」と何かを取り出した。ザクロだった。油断をしていたら今度は僕がもらう側になってしまったようだ。ザクロは手の中でごつごつしていた。はたで見ていたおすそ分け共同体に僕もずぶずぶと組み込まれていっているようだ。

著: きくち

編集:ピース株式会社

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